「食」カテゴリーアーカイブ

正直であること

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外国産のそば粉を使用していても、長野県で加工すれば信州そば。

これは宜しくないですね。

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こんにちは。

スクール事務局の大橋です。

週刊誌の記事で恐縮ですが、気になる問題なのでご紹介させていただきました。

地方の名産と呼ばれるものの多くは、商品名に地名を含みますね。

信州そば、讃岐うどん、伊勢うどん、富士宮やきそば、
札幌・旭川・喜多方・佐野・和歌山・徳島・長浜、(ほかにもたくさんありますが)といえば? そう、みんな大好きなラーメン♪

麺類だけではありません。

松坂牛、飛騨牛、名古屋コーチン。

野菜だって小松菜、三浦大根、下仁田ネギと挙げればキリがありません。

旅の楽しみのひとつは、その土地の名産・名物をいただくことという方も多いはず。

さて、この記事。

せっかく長野県に行って信州そばを食べたにも関わらず、原料の蕎麦の実は外国産ということもあり得るという内容。これはたしかに「消費者を惑わす」といわれても仕方がありませんね。もちろん表示規則に違反はしていないのですが、「ルールの範囲内であれば、不誠実なことも許容する」というような風潮は改めていきたいものです。

先日お会いしたある自然農の農家さんがとても素敵なお話をしてくださいました。

「私が農家になった動機は、本物を追求したかったからです。もともと食べることは好きだったのですが、とにかく本物がない。産地偽装は日常茶飯事、安い食堂でも高級レストランでも関係ありません。バレなければ良いと思ってるんです。そういうのが本当に嫌でした。だから自分で作るしかないと思ったんです。『正直であること』が、私のもっとも大切にしていることです」と。

食の業界はもとより、
どの業界でもどんな仕事でも大切にしていきたい想いですね。
もちろん私も心にしっかりと刻み込ました。

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『発酵遺産』

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こんにちは。

スクール事務局 大橋です。

ナチュラル・ハーモニーの顧問ドクターでもある

“一錠のクスリも出さない医師”こと三好基晴先生と

弊社代表 河名秀郎のコラボレーションによって生み出された一冊

『発酵遺産』がついに販売開始です!

とはいっても、

書店やAmazonなどでは販売しておりません。

いまのところ(2016年9月3日現在)、

取扱いがあるのはナチュラル・ハーモニーの各直営店舗、

河名秀郎の講演会会場、弊社イベント会場のみとなっております。

近日中に、個人宅配「ハーモニック・トラスト」、

公式ネットショップ「mai」での販売も開始いたします。

↑開始しました!

ご購入はこちらから!

 

昨今話題の「発酵」、

その本質を知る上では欠かせない一冊かと思います。

ぜひ、お読みいただき本物の発酵の世界に触れてください。

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本日もお読みいただきありがとうございます。

 

 

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自然栽培の具体的方法論~土つくり編~

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農法にかかわらず、農家さんに、作物が育たない土はどのような土であるか尋ねると、次のような答えが返ってきます。

冷たい土
固い土
水持ち水はけが悪い土

冷たい・固いというのは、人為的に土に投入した肥料や資材、または土の自重に起因するものです。水持ち水はけは、土の構造によります。

その土はそもそも砂地なのか、粘土質なのか、火山灰が堆積した土なのかといったことになります。粘土質であれば当然水はけが悪い。一方、砂地であれば必要な水分も保てないということになります。

適地適作というように、その土地に敵した作物を選択することが第一ですが、土の構造も作物の生育に適した環境にしていく必要があるのですね。

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良い土とは「冷たい・固い・水持ち水はけが悪い」の逆で「温かい・やわらかい・ 水持ち水はけが良い」ということになります。

温かい・やわらかいという条件は、固め冷やす要素であり代謝を阻害しているモノの撤去を行うことで得ることができます。一方水持ち水はけは人為的に構造を変える必要があります。

水持ち水はけがともに良いというのは矛盾しているように思われるかもしれませんが、両立させることができます。

大雨の時は水が引き、日照りのときは水分を保っていられるという水分の調整能力がポイントです。そのような土を「団粒構造」といいます。土が細かな粒状になっており、そのひとつひとつが水を蓄えつつ、余分な水は粒の隙間から地中に抜けるのです。団粒構造を作ることは、自然栽培・有機栽培・一般栽培といった農法に関わらず重要なことです。

土はそもそも植物でできているわけですが、団粒構造化を進める上でも、植物を積極的に土に還していくことが基本的な作業になります。

その際に、過去の肥毒を土から取り除くことも同時に行います。その方法として基本になる考え方が強い根の持つ植物の利用です。麦や牧草類などの禾本科はこの役 割を果たしてくれ、肥毒の吸収を担当してもらいます。そして収穫後は、茎も根も土に還り新たな土となっていくのです。

ここで問題が生じます。

土がかなり固い場合は麦の根も歯がたたないこともあります。その際は、あらかじめその固い部分に手を入れ,事前に砕いておくことが必要です。このように土を大きくいじるときは冬至から立春の期間を避けることが望ましいといわれています。作業は一般に、サブソイラーや深耕ロータリーなどを活用します。

せっかく土中の不純物を吸い上げたのにまた土に返してしまっては意味がないので は?という素朴な疑問がわいてきますね。

この点は、刈り取った麦ワラなり稲ワラなりとしっかりと枯らすことで解決します 。

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土を作る上で肥毒の解決と団粒構造を築くプランをメリットとデメリットを勘案しながらすすめていくことがポイントです。

ただ、小麦や牧草類が絶対的なものということではありません。その地に適した作物を利用すべきです。日本中どこでも小麦を植えれば解決!ということではないという点をお忘れなく。

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枯れる野菜と腐る野菜

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野菜は腐る。

これは常識ではありますが、事実でしょうか。

自然の野山を見渡せば、腐っている場所はまずありません。野山の植物は枯れてゆく。同じ植物でも冷蔵庫の奥に捨て置かれた野菜は腐っていく。この違いはなんでしょうか。

肥料を与えずに育てた自然栽培の野菜は、腐らずに枯れていくという話はすでにご存知かもしれませんね。

確かに、自然栽培のものは腐らない傾向があります。しかしながらすべてが腐らないかというえばそうではありません。

化学・有機を問わず、過去に大量の肥料を投入していきた場であれば、自然栽培にしたからといってすぐに腐らない作物ができるわけではありません。自然栽培に取り組んで年数の浅いものは腐敗するものも少なくないのです。逆に、肥料を使う栽培でも、肥料の量と質を見極めて上手に用いて栽培されたものであれば腐らないものもあ ります。腐らない野菜はどうなるのか。枯れていくのです。自然栽培のものでも他の栽培のものでも自然のバラ ンスが保たれているものであれば枯れていくのです。あるいは、ビンに詰めるなど特定の条件のもとであれば「 発酵」していくのです。

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腐敗と発酵、または枯れてゆくことの違いはなんでしょうか。腐敗も発酵も同じ現象だという方もいらっしゃい ます。しかし、私たちの五感は、腐敗と発酵はまったく別の現象だと認識しています。「食すべきものか否か」 という大変重要な違いです。

自然栽培の年数の浅い、腐敗してしまうかもしれないものはたとえ無肥料でも自然栽培とは呼べないか。ここは 意見が分かれるところですが、私たちは取り組みが始まったその年、つまり1年目から自然栽培として扱ってい ます。なぜならば、腐敗に向かうか発酵に向かうか見極めることは人間にはできないからです。また、同じ生産 者、同じ圃場でも作柄はことなるため画一したルールは作れないという理由もあります。それゆえに、販売する 際は、「自然栽培歴何年」といった表記をし、判断を消費者のみなさまに委ねています。

お客様の中には自然栽培歴の長いものを要望される方も多くいらっしゃいます。化学物質過敏症の方の中には、 自然栽培歴10年以上のものしか口にできないという方もいらっしゃいます。こうしたご事情のある方には優先 的にお届けしたいと思っています。

一方で、スタッフは自然栽培歴の浅い生産者のもの、とりわけ1年目のもの を選択することが多いです。生産者を支え自然栽培を普及するためです。1年目がなければ当然2年目を迎える ことはできません。今は自然栽培歴10年以上の生産者も数人いらっしゃいますが、皆スタート時は一年生です 。大事な時です。

お互いを思い、自然栽培を思い、時には厳しい要求や激しい議論もありますが、生産・消費・ 流通が三位一体となって取り組まなければ自然栽培を広めることはできません。みなさんもぜひ自然栽培に取り 組みはじめた若き生産者を応援してあげてくださいね。

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自然栽培 産地訪問ツアーを開催しました

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こんにちは (^^)

スクール事務局 大橋です。

去る7月17日(日)、

自然栽培をこよなく愛する消費者のみなさまと

千葉県富里市 高橋博さんの圃場を訪問してまいりました。

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高橋博さんと言えば、この道36年の大ベテラン。

まさに自然栽培のパイオニアのお一人と呼ぶにふさわしい方です。

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そして、当然のことながら、高橋さんの圃場の土は36年間、

一切の肥料も農薬も使われることがなかったわけです。

 

ぜひ、消費者のみなさまにも

自然と調和した土の姿をその目で確かめていただきたい!

との思いから、ナチュラル・ハーモニーでは年に数回、こうして自然栽培

の生産者の方のところにお邪魔させていただいている次第です。

「土に還る」という表現はよく耳にしますが、

高橋さんの圃場の片隅では、そのリアルな姿を見ることができます。

収穫直後の麦わらと、昨年同時期に収穫した麦わら。ほぼ「土」です。

▼今年収穫した麦わら

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▼約1年前に収穫して風雨にさらした麦わらIMG_2974

▼手に取ってみるとほぼ「土」です

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※土と混ぜたものではありません。

 

土から生まれて土に還る。

植物も動物も、

すべての営みはこの循環の中、ということでしょうか。

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自然栽培とは?

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自然栽培とはどのような栽培なのか、有機栽培とどこが違うのか?

こうした疑問をお持ちの方も少なくないと思います。自然栽培とは、化学肥料はもちろんのこと厩堆肥(人糞・牛糞・豚糞・鶏糞・馬糞・魚粉・油かす・ぬかなど)および農薬などを一切使用せず、自然の摂理に則った栽培法であるといえます。

また、「自然栽培」「自然農法」でいうところの「自然」とは?普段なにげなく使っている「自然」という言葉について自然栽培の視点からお伝えします。

一般的には山など自然のありのままの風景を畑に再現することが自然農法だと捉えられているケースも多いです。畑や田んぼを自然界のようにすることが「自然」という価値観ですね。

確かに、自然界は、耕すこともなければ、草を抜くこともない、多種多様な生物がまさに自然に存在している姿であり、それゆえに、不耕起、無除草という農業のあり方になるのも頷けます。

これらも肥料を使用しないという観点からすれば自然農法のひとつかも知れませんが、「自然栽培」とは異なります。自然栽培は、農地に自然界を再現するのではなく、自然の法則・摂理を農業に活用することなのです。まずこの点をおさえておいていただきたいのです。。

農地というのは、人間が食べ物を生産する目的で人為的につくられた場です。その時点で不自然な場といえます。不自然な場において自然界を再現しようとすると大きな狂いが生じてしまう。現代農業が抱える問題の一端は、この自然の捉え方の誤りによるものと言えるかもしれません。私たちは30年以上にわたり自然栽培の普及にあたってきましたが、不耕起栽培や無除草栽培、そして有機栽培、さらに言えば慣行栽培も否定しているわけではありません。それらすべては、その時代に必要な方法論だったと言えます。農薬はないにこしたことはないのですが、今すべての農薬がなくなれば人類は食べ物を失い飢餓に陥ってしまいます。

耕さず、草を抜かずに栽培することも良いと思います。ただし、70億人の人間が生存していくことはできません。農業とは、食料を生産することという大前提をもとに、自然の法則を冒すことなく、秩序をもって農業をすべきであるというのが私たちの意見であり、本来の自然農法であり自然栽培であると考えています。

自然栽培の成り立ち

自然栽培。この農法が提唱されたのは昭和の初期になります。提唱者は、岡田茂吉さんという宗教家でした。インターネットで「ナチュラル・ハーモニー」を検索すると「宗教」という言葉が出てくるのはこうした背景があります。農業ではありませんが、最近よく耳にするマクロビオティックという食事療法の概念も元をたどると宇宙観に基づいた思想に行き着きます。自然栽培にしても、マクロビオティックにしても、物理的理論や化学的根拠よりも感性や感覚、つまり自然観から生み出されたもので超自然科学の分野といえるかもしれませんね。

 

いつのころからか日本人は宗教や信仰といったものと距離を置くようになってしまいました。でも、大自然の法則を体系化していったものが宗教であり、具体的農法に落とし込んだのが自然栽培と私たちは捉えています。理論・根拠、または現代農業の常識といったものを一旦横に置き、起きている事実を前提に自然栽培とはいかなるものなのかを探求していただきたいと思います。ぜひご自身の感性をもって自然栽培の世界に触れていただければ幸いです。

理屈は後、実践あるのみ

自然栽培の普及に携わってきたこの間、「宗教だ」「オカルトだ」「胡散臭い」と言われ続けてきたことも事実です。肥料も農薬も使用せずに栽培できるという今の農学では到底ありえないことを主張し、実践しているのだから無理もありません。しかし、ここ数年で状況は大きく変わってきています。以前では考えられないことですが、国立大学の農学部や農水省から声がかかるようになってきました。こうした機関が興味を示すということは、自然栽培の実践者が増え、成功事例が多々見受けられるようになってきた表れと理解しています。そして事実として存在することが「オカルト」ではないことを証明してくれています。

とはいえ、理論よりも実践の成果で語る我々への批判や反論がまったくなくなったわけではありません。特に、農学者、肥料学者とのディスカッションは常に平行線をたどります。彼ら曰くの「不可思議な実態」は、今後解明されていくと思われます。一方で、自然栽培側にも理解を難しくする要因がないわけではないのです。その一例が「肥毒」という言葉です。自然栽培そのものが宗教家から出たことはすでにお伝えしましたが、それゆえ耳慣れない言葉も多い。肥毒については、自然栽培を理解・実践する上で大変重要な事柄であるので、別に詳しく記してますが、いずれにせよ、今後、学者や研究者にも理解しうる表現を模索していく必要はあると感じています。

自然栽培の原理

2011年11月11日、自然栽培の普及を目的に「自然栽培全国普及会」を設立しました。会長は、自然栽培歴30年以上という全国でも先駆者的存在の高橋博氏(千葉県富里市)、事務局をナチュラル・ハーモニーが担うことになりました。会は畑作部門、稲作部門、果樹部門からなり、設立時の会報に、私たちはあえて岡田茂吉氏の論文の一部を引用し掲載させていただきました。宗教的というイメージを持たれることも承知の上でした。自然栽培を広めていくという目的がある以上、創始者が提唱していたことをすべての会員が知っておく必要があると思ったからです。以下、その内容をご紹介します。

そもそも自然農法(注1)の原理とは、土の偉力を発揮させることである。それは今日までの人間はその本質を知らなかった。―中略― その概念が肥料を使用することとなり、いつしか肥料に頼らなければならないようになってしまった。なるほど、肥料をやれば一度は相当の効果はあるが、長く続けるに漸次逆作用が起こる。すなわち作物は土の養分を吸うべき本来の性能が衰え、いつしか肥料を栄養としなければならないように変質してしまうのである(肥料の逆効果より引用)まったく一種の迷信化したのである ―中略― そうして、人肥金肥は一切使用せず、堆肥のみの栽培であるから、その名のごとく自然農耕法というのである。
もちろん堆肥の原料である枯葉も枯草も自然にできるものであるからであって、これに引き替え人肥金肥はもとより、馬糞も鶏糞も魚粕も木灰など、天から降ったものでも地から湧いたものでもなく、人間が運んだもの(注2)である以上、反自然であることは言うまでもない。そもそも森羅万象、いかなるものといえども大自然の恩恵に浴さぬものはない。即ち火水土の三原素によって生成化育するのである。三原素とは科学的にいえば、火の酸素、水の水素、土の窒素であって、如何なる農作物と雖も、この三原素に外れるものはない。-中略- 以上のような、大自然の法則を無視した人間は人為的肥料を唯一のものとして今日に到ったのであるから、食糧不足に悩むのは寧ろ当然と言うべきである。―中略― 曩に述べた如く、火水土の三原素が農作物を生育させる原動力としたら、日当たりをよくし、水を充分供給し、浄土に栽培するとすれば、今までにない大きな成果を挙げ得る事は確かである。いつの日かは知らないが、人間はとんでもない間違いをしでかしてしまった。それが化学肥料の使用である。全く土というものの本質を知らなかったのである。

昭和28年『自然農法解説』より-注1 のちに名称が自然栽培となる 注2 肥料分として人為的に運ぶことを意図している 注3 温かい、水はけよく水もちのよい条件を整えることをいとしている

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このとおり「火水土の三原素」など宗教家らしい表現がみられますが、つまりは大自然をよくよく観察すればそこに人為的に何がしかが持ち込まれることはなく、それでも木々や草々は命を繋げてきているという姿から学べ、ということです。また、堆肥ということばが出てきますが、これは現在の動物性肥料のようなものを指しているのではなく、作物の残渣が腐植したものです。

では、どのような仕組みで植物は生命を維持しているのでしょうか?岡田茂吉氏は、それらを「火水土」と表現しています。火は、太陽からもたらされる何か、水は月からもたらされる何か、土は地球からもたらされる何かということです。何かとは、いまの科学では解明できていない超極微粒子なのかもしれません。いずれにせよ、いま私たちが目にする大自然の永続した営みは事実です。この営みの法則を、農地という場で再現しようというのが岡田茂吉氏の提唱した自然栽培ということです。

当時はすでに「作物は肥料で育つ」ということが常識であったと思いますので、岡田氏の論は嘲笑されたことでしょう。宗教家の戯言と言われたかもしれません。そんな中、主に信者ではあったと思いますが、少数派の人々が岡田理論を信じ、自然栽培を信じて今日まで繋げてきたというのが自然栽培の歴史といえます。

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学校給食での牛乳について

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小さな体に大きなランドセル、

なんとも微笑ましい光景を目にすることができる季節ですね。

このブログを読んでくださっているみなさまの中にも、

この春、入園・入学するお子様がいらっしゃるご家庭が少なくないかと思います。我が家の長男も今年から小学生です。

まさに、「期待と不安が入りまじり」「うれしくもあり寂しくもあり」といった心境ですが、ここまで医者いらずクスリいらずの子育てでしたので、新しい環境でどのようにまわりと調和していけるか、ということが私たち夫婦の専らの話題です。

さて、そんな中、早速浮上してきました給食の「牛乳問題」。

 「あ、うちも!」という方もいらっしゃるかもしれませんね。 

すでにこの問題をクリアしてきた方々にぜひ体験談をご披露いただき、みなでシェアしたいところですが、まずは我が家のことをお伝えさせていただきたいと思います。

その前に、「牛乳のなにが問題なの?」という方のために簡単に説明しますと、国は、牛乳にはカルシウムなどの成長に欠かせない栄養素がたっぷりと言って推奨していますが、それとは逆に、日本人の体質には合わない、アレルギーの原因になっている、カルシウムは補えない、さらには、骨を弱くしているという指摘さえあります。 なぜ、牛乳が推奨されているかといえば、戦後のアメリカによる占領政策が利権となり今日まで続いているだけというのが事実だと思います。このあたりは小児科医の真弓定夫先生の著書が詳しいですね。

話を戻します。うちの子は、量や体調にもよりますが、乳製品を摂ると実際に肌荒れを起こします。医療機関で検査を受けたことはありませんが、一般的にいうところの食物アレルギーと判断しています。入学説明会の際に、家内が「アレルギーがあるので牛乳は飲ませません」と申し出ると、学校の栄養士さんから「では、これにお医者さんのサインをもらってきてください」と書類を手渡されました。かかりつけのお医者さんがいないので、近所の小児科へいき「サインをしてください」というと、そのお医者さんは「おたくは予防接種も打たせていないのか? 非常識だ。とてもサインはできない」と返されたというのです。 怒り心頭の状態で私に電話があり「だれかサインしてくれるお医者さん知らない?」とのこと。幸い、心当たりのある方が幾人か浮かんだのですが、わざわざお願いするのもなんだかなぁ、と思ったので学校に掛け合ってみることにしました。

日々、子どもを観察する中で牛乳はじめ乳製品を摂ると肌荒れを起こすことは事実なので、親の判断で摂らせない旨を伝えたところ「そういうことなら医師のサインはいりませんよ」とあっさり。 帰宅して家内に伝えると「な~んだ」と。おまけに給食費から牛乳代は差し引いてくれるとのことで万事OKとなりました。

入学前に学校と妙な波風を立てたくなかったのでその点は丸く収まって良かったのですが、その背後には、多くの子どもたちが食物アレルギーをもっているという問題が横たわっているわけですので喜んでもいられません。ますます自然栽培・天然醗酵食品の普及に力がはいります。

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